伝説なんて、怖くない


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さても、相変わらずにお忙しいばかりの
初夏の武装探偵社へ届いた新しい調査依頼はというと、
ほんの直近にどっかで聞いたよな代物で。

 「心霊騒ぎが起きている?」

それって…どっかの山間の改装工事現場で、
どっかのマフィアの構成員とかショベルカーとかが、
重機もトレーラーも使わずに一瞬にして消えた話の蒸し返し?と。
先だってに どっかの並行世界との遭遇再びと相成った一件を思い出しつつ、
せっかくの美貌が台無しになるほど
胡散臭そうに眉と口許を顰めて 仄めかした太宰だったのへ、

 「あれは結局、幽霊がらみじゃあなかっただろうが。」

理知的な武闘家、国木田女史が、
評判こそそのような怪しきものながら、蓋を開ければ人為的な人騒がせだったじゃあないかと。
当時 結構振り回されたのを根に持ってでもいるものか、
切れ長の冴えた双眸、眼鏡越しでも物騒なほどに尖らせて言い返す。
それを引き取るように口を開いたのが、社が誇る叡智の申し子、名探偵 乱歩様で、

 「まあ、こっちもあんまり信憑性はない話でね。
  人払いしたくてそんな与太話を振り撒いたら
  却って電網上で “都市伝説だ”とかどうとか言われて、
  盛り上がりつつ広まっちゃったってところかな?」

昔話によくあるような、
いい子にしてないと化け物が攫いにくるぞ系の言い伝えじゃあないが、
恐ろしいところだから寄らぬようにと脅すつもりで流布された作り話も、
肝試しにちょうどいいとばかり
常識のない若いのが夜遊びするための格好のお題目として、
人寄せという方向で話題になってしまうのだから、今どきの風潮って判らない。
それだけ、夜というものが恐ろしい漆黒の帳でなくなり、
人が出歩いていても昔ほど不審がられはしなくなったせいもあろう。

 「人目を集めたくないからという根拠は?」
 「ボクの超推理というのじゃあ足りない?」

いくら何でもと訊いてみた谷崎さんだったのへ、
くりんと反りかえった睫毛に縁どられた 愛らしい猫目の童顔を真顔に冴えさせ、
けろりと言い切った乱歩嬢なのはいつものことだが、
ふふーとすぐさま吹き出して、

 「なぁんてね。」

勿論のこと、それだけの話じゃあないさと
まだまだ少女で通りそうな甘い声にて種明かしを紡ぐ。

 「問題の場所では、不名誉だからか余り広まってはない話として
  他所から来た顔ぶれの行方不明者が出まくりだそうでね。
  違法駐車の車が一向に引き取られないまま、
  むしろ日に日に増えてるんでおかしいなって噂になっているんだな。」

何カ月も路上に停めっぱなしの車がたまにニュースで取り上げられますよね。
どうかするとナンバープレートも剥がされてる怪しい車とか、
別にレッカー移動しちゃっていいと思うのですが、
費用がかかるし空いたところへ次のがやって来るばかりな土地もあるようで、
何より一応は誰かの資産なので勝手なことは出来ないのだとか。
そういう胡散臭い車じゃあない、
いかにも若者が乗ってるような内装やら荷物がそのままになっており、
何か目的があって乗って来たのだろうに、
放って帰るということはなかろうし、いつまでも放置されているなんておかしい。
そういった付帯状況から、

 「そんな不穏な場所へ自分からやって来るよな不届き者なら、攫われても文句はなかろと、
  片っ端から口封じを兼ねて身柄を拘束されているらしいと思われるってわけだ。」

そうであるらしいと知れたのが、
そんな都市伝説もどきが そろそろさしてコアな話でもなくなり、
一般家庭の子らにまで届いていてのこと。
何の警戒もせぬまま足を運んだ末にやはり消息を絶ってしまい、
真っ当な親御からの捜索願が多数出たからというのが何ともはや。
場所が場所だけにと、事情通でもあるサイバー課の担当が最優先で洗ったところ、
電網世界じゃあそろそろ下火になりつつある話題の心霊スポットの現場と、
若者らの失踪個所とががっつり合致したそうで。

 「…馬鹿なの? その噂 撒いたやつ。
  いやさ、其処で何やら怪しいことしてるらしい実行犯。」

 「だよねぇ。本末転倒もいいところだよ。」

コトの運びに呆れてだろう、
鳶色の双眸見張った太宰嬢の一言へ 深く同意を示しつつ、
それともイマドキの風潮を知らなかった昭和の世代が立案したとかね、と。
被害者も出ている事態だというに、無邪気に笑い飛ばした天才少女なのは、
まま いつものことなので置いとくとして。

 「たださぁ、そこまで割れても尚、ウチへ話が来たのは何でだと思う?」
 「…あ、」

そう。いくら今時の風潮に乗り遅れていたとはいえ、
そこまでが浚えたのなら捜索願を受理した軍警なり市警なりが乗り出せばいいはずで。
概要をそこまで見通した乱歩さんが、ということは…とその先を見越し、
しょうがないなぁと依頼を受けることにしたのは、

 「本題にあたろう“何か”の現場だってことへ、
  どうやら異能者も関わってるらしいんだな。」
 「な…。」

幽霊のような不思議を起こす手合いらが
何かしらの現場を覗き見してしまった可哀想な冒険者たちを
手もなく拘束しているとしたら?

 「大人数でごそごそしているというなら、
  地元の人だって怪しい気配を警戒もしようさ。」

野菜泥棒なんていう、今何世紀だったっけと言いたくなるよな
アナログ極まりない窃盗事件も頻発しているご時勢だしね。
夜中の徘徊なんて、イルミネーションでもあるよな繁華街ならともかく、
物騒だからって警戒は 郊外ほど強かろうと続けられた名探偵の言へ、

 「罰当たりな行為だし、噂話のタネにも持って来いと来て、
  まずは見逃したりしませんよ、そういうの。」

やはり田舎育ちの賢治ちゃんがにこにこ笑って後押しするので、そこは間違いないのだろう。

 「そういうところから話が広まったわけじゃあない辺り、
  少数で、こっそり何かやらかしてたのを偶然目撃されて、
  しかも人ならぬ手法で何かをやって見せたもんだから、
  それが伝聞されるうち どうよじれたか、
  若い子の間で心霊現象目撃って格好で取り上げられちゃったんだろうね。」

まさかにイリュージョンの練習ってわけじゃなかろう。
口封じも兼ねてとはいえ、何人もの十代の男女を攫ってどっかへ売り飛ばすなんて、
攫う手段は異能力だとしても、その後の処理には伝手が要る。

「ウ、売り飛ばしているのですか?」

いきなり飛び出した不穏当なセリフには、敦がいかにも驚いて口許を手で覆う。
ただの若者の不行状がそんな大事になろうとはと、意外な雲行きに驚いたらしく。
そこへも乱歩さんは 造作もなく“うん”と頷き、

「ああ。片っ端から拘束したままじゃあ世話する手間が要るだろう?
 そうかといって全部殺していたんじゃあ、
 疲弊もすさまじいだろうし異臭や何やでぼろが出て破綻するのがオチだ。」

人身売買系のルートか伝手を持ってるよな連中じゃあなけりゃ、
こうまで長引いてはいない、もっと早くに破綻していようよと。
冷酷なのか、単なる合理的な解析か、
結構血も涙もないよな分析をした名探偵の言に、なんて忌々しいと眉を寄せた調査員たち。
若しかして異能者も居るやもしれぬ、騒ぎの起きている現地へ飛ぶ班と、
そういった所業にかかわりのありそな組織の洗い出しを軍警と共に手掛ける班と、
調査員を二班に分けて、それぞれで準備に取り掛かる。

 「……まさかにまた、
  並行世界へ飛ばされてるとかいう話じゃあないでしょうね。」

人がいなくなる異能と来れば、やはり思い出されるのが、
直近で、しかも二度も関わった例のややこしい異能力者だが、
幽霊騒ぎ以上に胡乱な事態だったのを思い出したか、
国木田女史がついつい乱歩さんへ念を押せば、

 「だったらだったで、対策はちゃんとこなせるんだ、問題ないでしょ?」

それはいい笑顔になって、うずまきキャンディの攻略に掛かった乱歩さんだが、
おいおい名探偵、そんな行き当たりばったりな。(う〜ん)



     ◇◇


現場はヨコハマからやや離れた奥関東で、
都心向けの葉物野菜などを作っておいでの畑が広がる、空気のいい片田舎。
陽射しは大して違わぬはずだが、それでも緑の方が断然多い土地であり、
木陰の色も濃く、涼やかな風が頬を撫でてそれはそれは過ごしやすい。
問題の山麓手前の廃校跡まで向かっていた探偵社の面々は、
舗装されていない道の轍の跡にがたごと揺られつつ、
畑の間に伸びるやや広めの畦道を進んでいたのだが、

「で、何でまたまた君らが居合わせるかな。」
「うっせぇな、それはこっちのセリフだっての。」

これもまた、いつぞやの心霊現象疑惑の折にあった流れじゃないかいと、
ボックスカーで乗り付けた探偵社の面々が うぁあ〜いやな予感がと思い起こしたのも無理はない。
このいいお日和の中でその黒衣紋はさぞや暑かろういでたち、
ポートマフィアの実働部隊の内でも、トップとセカンドという上級幹部二人が先乗りしているのと、
里山の取っ掛かりの辻のところで出くわしたものだから、
早速のように誰かさんと誰かさんが やや顎を出しての上から目線同士となって、
険悪極まりない様相での言い合いを始めてしまわれる。

「せめて、散策とか風景を撮影に来ましたとかいう風体は出来なかったの?
 相変わらず、脳筋だねぇ、中也。
 ああ、森ガールって柄じゃあないか、ごめんなさいね。」

「そっちこそ、どこぞかの大学の研究員デスで通す気かよ、
 年齢層がたがたの顔ぶれで。…敦は可愛いから許すがな。」

確かに、こんな長閑な地に 中也や芥川のまとう
女だてらに黒ずくめのスーツや長外套という格好は浮くこと請け合いではあったが、
それを言うなら太宰や虎の子ちゃんも普段のいでたちのままだったため、
バサバサと長い外套をひるがえす女性に、ボーイッシュなサスペンダー付きのパンツスタイルの女の子と来て、
真っ当な勤め人のOLは元より、土地を見に来た不動産屋にも見えずで、胡散臭さではいい勝負かも。

 「ウチは正式に軍警からの依頼を受けて来ているんだから、どんな風体でも構いはしないのさ。」

どうだ参ったかと、
わざとらしくも つんと鼻をそびやかして言い放つ太宰嬢なのへ、

 「そうか、公安の犬としての仕事かよ、ご苦労なこったな。」

宮仕えは大変だよなぁと、中也の側もまた
身長では負け負けなのを感じさせない威圧に載せて、大上段からそんな言いようをする。

 「で? そちらは何のお調べなのだい? まさかまたミヤコくんが行方不明だとか?」
 「あほう。例の異能者が脱走してるんなら手前らも情報くらい拾ってようよ。」

だからそのネタは止せと、国木田女史がはぁあとため息交じりに肩を落とす。
確かに停戦状態ではあるが、
それにしたって此処のところのポートマフィアとの慣れ合いぶりは結構なもの。
穏便な方がいいに決まっちゃあいるが、
だからと言って子供の喧嘩のようなじゃれ合いは何ともみっともない見栄えだし、
言いようはなかなかに挑発的なれど、
直接言い合う相手の太宰より、その傍らに立つ白い少女の方へちらちら視線が流れる、
勇ましいながらも気もそぞろな女幹部殿で。
そのたびに敦嬢の側でも 首をすくめて照れ照れと愛らしいお顔がふやけるに至って、

 「……判った。こちらも話せることは話すから、
  そちらも許容の範囲内でいい、腹を割ってはくれまいか。」

いかにも苦渋の選択という顔でそうと譲歩した国木田さんの様子に、
達筆な草書で“苦労人”と綴られた横断幕が見えたような、
ついでに同病相憐れむという心境を覚えた気がした、中也さんだったらしい。




to be continued.(18.06.15.〜)




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 *何だか書けば書くほど先だっての騒動再びとしか思えないのですが、
  違いますから、はい。
  男衆の世界でも似たようなことが起きてるのかもですが、
  旧双黒の剣突き合いはもっと重々しかろうし、
  敦くんももっとハラハラしていようと思われます。
  差別区別するわけじゃないけれど、男女差って結構あると思うの、うん♪
  その割にいつもの面子の会話にしか見えない芸無しを何とかしたいです。
  男衆の中に女体化してるキャラがいるから、ああ女の子なんだと意識出来るのかなぁ。
  意外とむつかしいネタです、頑張らねば。